欧州モダンタイポグラフィの黎明期に重要な役割を果たしたエリック・ギルについて、書体家であり彫刻家としても活躍した足跡をたどると共に、文字デザインに対する美学に触れる研究成果展です。
エリック・ギル(Arthur Eric Rowton Gill, 1882-1940)は、石彫100点、碑文750点、木版画1,000点におよぶ膨大な作品と、美術工芸や社会改革に関わる約300点の著述を残した、20世紀英国を誇る芸術家です。
女性の豊かな裸体を表現した彫刻、私家版の書物を飾った神々の挿絵、古代ローマのアルファベットを蘇らせた石碑文は、いずれもギルの手によって描かれた神秘的な曲線美をもっています。敬虔なカトリック信者である一方でタブーをこえる奔放な感情を貫き、手工芸思想を追い求めながらも産業化の波にのまれてゆく宿命は、矛盾に満ちた20世紀における表現者の喜びと苦悩を体現する姿そのものです。アーツ&クラフツ運動の精神を継承した芸術家のなかでも、ひときわ異彩を放っているといえるでしょう。
そのようなギルの創作活動のなかで際立つのが、文字の造形を芸術の域にまで高めたレタリングとタイポグラフィの才能です。たとえば、1920年代末にギルが設計した活字書体《Gill Sans》は、第一次世界大戦前からギルが手掛けてきた数百枚の石碑文の結晶であるとともに、幾何学的な構造を取り入れて大量生産に対応するための工業製品でもあり、文字の伝統美に現代の合理性を調和させた、20世紀タイポグラフィの傑作といえます。ペンギン・ブックスやロンドン北東鉄道(LNER)、英国放送協会(BBC)の公式書体をはじめ汎用活字書体として広く使われ、以後のグラフィックデザインに与えた影響の大きさははかり知れません。
この展覧会は、ギルが携わった文字の造形を中心とした作品の中から、ドローイングや版画、書籍、書体見本帳を含む約200点を展示します。巨匠の手がつくり出す文字の造形美を一覧することにより、現代におけるタイポグラフィの意義を考えます。
[展覧会の見どころ]
1.ギルによる石碑文のドローイングと拓本の実物展示
ギルの本来の生業ともいえる石碑文のオリジナル・ドローイングや拓本の展示により、古代ローマン体に対するギルの解釈を観察できます。
*ダヴズ製本所のプレート(1910年)参照
2.ギルに関する私家版印刷の展示
ギルが携わった書籍印刷を一堂に陳列します。さらにケルムスコット、アシェンデン、ダヴズといった美書との比較により、活字デザインや挿絵を含めたギルのタイポグラフィ観が視覚的に把握できます。
*『四福音書』の挿絵「磔刑」(1931年)
3.ギルがデザインした活字書体の図面・印刷見本の展示
ギルがデザインした活字書体の設計図や、それらを使用した印刷見本を展示します。タイポグラフィを大量生産や産業化に適応させるためにギルがとった工夫を理解できます。
*L.N.E.R.(ロンドン北東鉄道)専用書体の「g」のデザイン(1933年)
[関連イベント]
■講演会
「エリック・ギルのタイポグラフィ」
講師 ルース・クリブ(ヴィクトリア&アルバート博物館)
指昭博(神戸市外国語大学)
山本政幸(多摩美術大学)
日程 1月21日(土)
時間 14:00ー
会場 多目的室
定員 100名
参加無料
■ギャラリートーク
日程 12月25日(日)、1月15日(日)、1月29日(日)
時間 14:00-14:30
会場 展示室
参加無料