現れるときのその現れそのものに関心を持つとき、表現の実験は始まり、見えない場所への航海は冒険を誘う。
外部を作り、内部への扉をそっと開く眼差しを持っている。外部とは肉体をさらすことのできる、空無の風景ということになるのかもしれない。そして作品は「空無から生じる風景」ということになる。目的のない目的のために制作をするということなのだが、はたして僕は「水を汲み、薪をはこぶ」ことができるのだろうか。
— ある日の制作ノートより(2021)
このたび多摩美術大学美術館では、2022年3月に多摩美術大学美術学部芸術学科教授を退職する、美術家・海老塚耕一(1951ー)の個展を開催いたします。
海老塚は石・木・鉄・水といった異素材を組み合わせ、空間に拡張していくような彫刻を作ります。1980年代は主な素材に木を使用し、鑑賞者を内包する舞台装置のような作品「連関作用」シリーズを展開。90年代以降は「境界・端・限界」への関心から、それらを思考するための要素として定型をもたない「水」や「風」を主題に、彫刻のみならず版画作品も発表します。近年はこれまでの主題が折り重なることで出現する、多層的な空間作品を作ります。
作家がいかに世界を捉えたのか、その眼差しが作品に顕在するならば、海老塚の作品は形態を変えながらも、変わらない作家の姿勢を色濃く表すものと言えるでしょう。それは視覚により他者を捉えるのではなく、空間を通して世界に触れる術と言えるでしょうか。「見える」ことと「わかる」ことの不確かさを問い、流れるもの、固定されないもの、浸透するものと、物質を通じて交感しようと試みます。
最近の作品において、海老塚は「空無から生じる風景」という言葉をあてています。海老塚が作り出す空間の中には、絶えることのない緩やかな流れが生まれます。本展は、新作の彫刻、版画作品から作家の現在を紹介するとともに、初公開となる作品図面や資料などから足跡を辿り、作家性を紐解きます。
海老塚耕一(えびづか・こういち)
1951年、神奈川県横浜市生まれ。
画家、詩人として活動し、美術教育にも携わった父・市太郎の影響により、
美術・芸術を身近な存在として育つ。1971年に多摩美術大学美術学部建築科に進学。生涯の師として仰ぐ東野芳明と出会う。1979年に副手に着任して以降、非常勤講師、専任講師、助教授、教授と多摩美術大学において長年にわたり後進の育成に従事する。副手時代に芸術学科新設に携わるとともに、生涯学習プログラムでは「あそびじゅつ」の考案など、誰もが美術と触れ合える機会の創出にも尽力した。主な個展に「眼差しの現象学―身体・素材・記憶」(2002年、神奈川県民ホールギャラリー)、「呼吸する風の肖像」(2009年、渋川市美術館・桑原巨守彫刻美術館)、「水と風の現象学 ―実体変化として―」(2020年、東京アートミュージアム)。受賞歴に「第6回インド・トリエンナーレ」ゴールドメダル(1986年)、第15回平櫛田中賞(1991年)、第19回現代日本彫刻展 神奈川県立近代美術館賞(2001年)、第14回タカシマヤ美術賞(2003年度)等。主な収蔵先に東京国立近代美術館、世田谷美術館、神奈川県立近代美術館等。
[上映]
会場にて、詩人・映像作家の鈴木志郎康氏が、海老塚耕一の作品を映像で捉えた『極私的にEBIZUKA』(40 分、2001 年)と、制作風景を撮った『山北作業所』(70 分、2002 年)をループ上映しております。両作品は、鈴木志郎康氏のWebサイトからもご覧いただけます。
関連イベント
刊行物
- 一般 2,000円 (学生1,500円)
■展覧会に関連した3冊組の書籍を刊行いたします。 作品図面、版画作品の図版、多数の論考に加え、アトリエでの制作風景、造形歴、生涯学習センターでの活動記録などの資料を収録。 (通信販売をご希望の方は多摩美術大学美術館にお問い合わせください。別途、送料がかかります) ※本展出品の彫刻作品の図版は掲載されておりません。
記録映像
- 海老塚耕一 インタビュー 「海老塚耕一展 空無から生じる風景-開く・可視」